北欧と落語な日々:God vind i fremtiden.


ビネバル出版/北欧留学情報センターから引っ越してきました。代表の山中典夫です。私たちに活動報告やお知らせを中心に北欧と北欧人との交流、そして趣味の落語などについて記してゆきます。Tak.

2009/10/11:学生落語にあてられて

10月初め、コペンハーゲンでオリンピックの招致都市決定の会議があり、日本からのもたくさんの要人や応援団が駆けつけました。東京は残念でしたが、リオにきまってそれもいいかな、と思っている人が多いのではないでしょうか。日本国民よりも、東京都知事がいちばんがっかりしている様子が、なーんとなく、招致活動事態が一部の人に私物化されていたような気もします。

デンマークのサッカーW杯出場が決まりました。同じ組のスウェーデンは微妙ですが、きっと出場できるでしょう。ノルウェーは現状で難しいようです。

今年開講した「望星スポーツフォルケホイスコーレ」の校長先生と短い間ですが会ってきました。今回は生徒さんたちの東海大学での柔道研修。開講したばかりでまだ生徒が十分集まっていないようですが、これからコースの充実をはかって行きたいと、日本人の方も是非来てください、との事でした。

日本の柔道や剣道など、外国人がすぐに「日本文化」といわれるものを身につけていることは、現地の人との交流やアルバイトにまでつながることもあり非常に有用だと思います。「オリガミ」を思い浮かべる人がいるかもしれませんが、これは現地でも普及していてあまりインパクトがありません。ものすごく上手な人がいて、かえって恥をかくなんてこともあるかもしれません。

先日は「東京かわら版」(演芸情報専門誌)の編集長と編集者とスウェーデン料理レストラン「リラ・ダーラナ」で食事をしました。編集長の佐藤友美さんは東京新聞にコラムを連載していて、私も愛読しています。いつもアンデルセン童話落語会を応援してくれる編集者の岸川さんには、落語家、柳家喬之進さんと講釈師、神田織音さんの組み合わせについてほめて頂き、感謝です。力草になります。

会社帰りに神楽坂毘沙門天の前を通ると、某大学の落語発表会、無料ということことで「これはラッキー」と思い、2席ほど聞いてみましたが、がんばってはいましたが、せっかくの話のおもしろさが伝えきれないようです。着物がないのでユカタで高座にあがる学生さんもいて、これはこれでおもしろいもんです。

学生の落語にあたってしまったような気になり、落語家の落語が聞きたくなり、その足で池袋演芸場の上席千秋楽へ。ところが悪いクセがでて、1席はまともに聞いたけどあとはほとんど居眠り。2,3日まえ徹夜して仕事した疲れがまだ抜けず、もうろう状態。後ろの方にいたけれど、申し訳なかったです。落語をきいて床につくことが日課なので、寄席でもそれが出てしまうのです。困ったもんです。
最後に出てきた落語家さんが「この池袋演芸場はあまりお客がはいらないとこですね」などと客に向かっていったのですが、いやぁな心持ちでした。客の入りやその日の客層をネタにする落語家が意外に多いと、寄席へ頻繁に行くようになってわかったけれど、あんまり面白くないことが多いです。

2009/09/18:ケータイ電話

神楽坂の情報誌「かぐらむら」を刊行しているサザインカンパニーの社長さんから電話があり、11月3日のアンデルセン童話落語会を特集してくれるというお話。ありがたいことです。実は講談師の神田織音さんも社長の紹介です。

あるスウェーデン語の先生に特別な授業をしてもらいました。今井マドレーヌ先生。授業のあとお話したらご子息がシンガーソングライター。今井レオ、といいます。CDも2枚だしているそうです。オフィシャルHPは、http://www.leoimai.com/

夜、11月3日のアンデルセン童話会で落語をお願いしている柳家喬之進さんの落語会に行ってきました。高円寺のお仏壇屋の上。最初に喬之進さん、出し物は「出来心」(だと思う)。普通に聴いていてもおもしろい噺ですが、まくらでお客のケータイが鳴り、ケータイの主は外へでても会場に聞こえる声で話し続けたので、喬之進さんは最後まで調子がでなかったようです。その後の林家たけ平(この人はたいへん上手)さんが出たときも、外で女性が話す声が筒抜けて、落語がとまってしまった。ウーン、かわいそうですなぁ。ケータイはいまや日常生活に不可欠なものだけど、けっこう迷惑かけるときはかけてしまう。狭い会場だと演者も客もしらけますね。 高円寺というのはなかなか賑やかなまちなんですねぇ。

2009/09/14 :フィンランド語集中講座@大阪

9月11日、12日は大阪で足かけ4年継続しているフィンランド語集中講座。今回は4人の参加者でした。一通りの文法学習は終了し、現在は持ち回りで自分たちの実力に適ったテキスト選び、荻島崇先生の指導で読み込んでいくという授業を続けています。
4人のメンバーのうち一人は男性であとは女性です。女性はみな会社員、男性は大学講師です。授業はいつも良い雰囲気で進みます、今回も2日間10時間の授業を終了しました

授業が終わってから私が、昨年フィンランドで購入してきた「熊のスープ」(缶詰)を皆で味見しました。第1日目の終わりに食べようと思っていたのですが、何しろ食べたことがないものなので、お腹を壊してもいけないと思い2日間の授業の終了したあと食べる事にしました。ホテルのフロントで缶切りを借り、フタをあけると表面が白くなったスープが現れました。参加者の皆さんはテーブルを遠巻きにして缶詰を覗き、ケータイカメラに納めたりしています。私がスプーンでかき混ぜると、白い表面はすぐに消え、サイコロ状に着られたポテトとコンビーフ状の肉がでてきました。ホテルの電子レンジで温め食べていましたが、うーん悪くはないです。口の中にいれたらまずくてクマってベアーと口からはき出すこともありませんでした。しかしとびきり美味しいものでもありません。
ポテトもクマの肉もよく煮込まれていました。以外にに脂っこくで、牡丹鍋の食感と味に似ているような気がしました。フィンランドのエキスパートである荻島先生もたべた事がないといいますから、そうそうフィンランド人も食べるものではないようです。でもネットで調べると日本人も食べているのですね。 荻島先生も参加者も「悪くはないな」という感想。私も同じフィンランドに行く機会があったら、今度はちゃんと食べてみようと思います。

2日目に授業も合間をぬって繁昌亭に出向きました。アンデルセン童話落語会にご協力いただいている露の団四郎師匠と桂米平師匠が昼席に出演していたからです。時間に少し余裕があったので、淀屋橋から水上バスにのり天満橋へ、そこから地下鉄に乗り換えて繁昌亭のある南森町へ行きました。 会場に入ると満席。私は団四郎師匠のおかげで席を確保することができました。
団四郎師匠は以前東京で聞いた新作落語・刑務所からでたばかりの男と応対にでる子どものやりとりを落語にしたものです。先月東京の会で聞いた時よりもさらにおもしろい落語でした。繁昌亭という場所柄もあるのでしょうか? 中入り後に聞いた米平師匠は「天狗裁き」の1席。これもたいへんおもしろかった。東京の若い落語家のを聞いたことがありますが、それよりも遙かにおもしろい。展開がわかっているのに、聞いている方にその展開がまちどおうしくさせるのやはり落語さんの実力ですね。 団四郎の前にでた笑福亭喬若さんという1974年生まれの落語家さんの話も上手でした。 将来が楽しみです。
それと最近ニコニコ動画他で柳家喬太郎さんの古典落語を聞くのですが、私にはなんとなくくどい。なにか途中からコントをみているような気分になります。新作は文句なくおもしろいのですが。でも最近落語を聞き始めている若い人たちには、ああいうコントっぽい演出が受けるのかもしれません。

2009/09/07 :どうしているんでしょう?

デンマークのワーキング・ホリデーの利用者はいったいどんな日常を送っているのでしょうか。たいへん気になります。バンザイインターナショナル/北欧留学情報センターを通じて、渡航した人であればある程度わかるのですが、現地に知り合いもなく、語学も勉強せず行った人たちにことが気にかかるのです。部屋をどうやって見つけたのか、アルバイトどう見つけたのか。そういう情報の集積ができる方法はないものかと考えています。

「ワーホリネット」というサイトに「デンマーク通信」というのがあります。文章がなかなか上手で、毎回の記事はたのしく読めます。ただこの女性はデンマーク人と結婚していて、ワーホリメーカーではなく、すでにれっきとした現地生活者です(ご主人と知り合ったのはオーストラリアのワーホリのようですが)。であるからか、現地でワーホリ生活を送る人たちと出会ったとか、ワーホリ生活をしている人の日常とかの情報がすくないのです。書かれているのは、これまであまたの雑誌やブログで取り上げられたテーマばかりですが、語り口が安定しているのでデンマークのことをあまりよく知らない人には楽しく読めると思います。でももう少しワーホリ利用者のための実用情報があればなぁ、と思います。

デンマークは、いろんな意味で社会サービスの行き届いた国ですから、「サバイバルする」という感じの国ではないのです。それなりの準備と目的をもって有意義なワーキングホリデーを送ることができるはずです。

例えば、現在、私たちが提供するワーホリプログラムを利用してデンマークの小さな町の観光局でインターンシップをしている女性は、確実にキャリアを積み上げています。 10月2日のIOCの2016年のオリンピック開催地を決める会議があるのでが、日本人向けにその町の観光PRをするために上司とともに出向きます。都知事と日本の首相(未定)も来るようで、彼女にとって貴重なプレゼンテーションの経験になろうかと思います。鳩山首相とツーショットの写真が送られてくるかしら。

2009/03/8: スウェーデンから来たティーン・エージャー

先日、東横線にのっていたら、向かい側に明らかにティーン・エージャーと思われる白人女性が4人すわりペチャクチャ。14〜15歳でしょう。1人はバッグだけ、3人は大きな荷物をもっていました。しばらく見ていると、耳に届いてきたのなんとスウェーデン語。少し訛りあるようだけれど、さらに耳を傾けてみてスウェーデン語と確信した。話の中心は、バッグだけの女の子。3人は彼女のすこし得意げなトークを熱心にきいていました。なにを話しているんだか。と、バッグの女の子がやおらとりだしたのは、なんと日本のアニメ本。日本語です。よくみると日本人とのタブルにも見えます。この女性たちはアニメにあこがれて日本まできたらしい。服装がちょっと田舎っぽいかんじががするけれど、なんとなく、アニメ系。スウェーデン映画「ショー・ミー・ラブ」が思い出されて、見ていて楽しかった。

2009/02/27 デンマークで流行っていた歌−Street of London

北欧と日本で流行る歌や音楽環境は全然違います。私がデンマークにいった時は1970第始めで、あのアバがデビューした頃でした。デンマークの音楽番組でアバの曲を流したあと、DJが”Det var ABBA" と抑揚のないデンマーク語で言うのが、なんとなくダジャレを聞いているよでおかしかった。70年代といったら、日本ではまだビートルズが大人気でしたが、デンマークの学校での一番人気はジミ・ヘンドリクスでした。そのころ日本ではみることができなかったビデオがTVでバンバンながれていて、動く、ジェファーソン・エアプレーンをみたのもデンマークのTVが最初でした。
私がフォルケホイスコーレの滞在したのは73年、80年 87年、ですがそのたびにデンマークで流行っている曲が違っていました。73年のとき、生徒たちが集まると歌う歌にRalph McTell の 「Streets of London」がありました。 非常に美しい旋律ながら、強い社会的メッセージが込められています。一部のフォークソング好きの人には知られていますが、日本のラジオから流れるのを聞いたのは後にも先にも1回しかありません。当時のイギリスのホームレスを扱った歌で、今も歌い継がれています。ある意味、現状の日本の社会状況にピッタリの曲です。タイトルは「Streets of internet caffe」になるかも知れませんが。(続く)

2009/01/18  デンマークのレノンとヨーコ、そして。。。。

1969年のクリスマス、オールボー空港に、長い髪をした外国人とアジア系の女性が黒髪の小さな少女が降り立ちました。どこからみても曰くありげなカップルでした。彼らは車でVustという小さな町へと向かいました。そこには「世界大学」というグルンドヴィ思想の影響を受けた新しいタイプのフォルケホイスコーレがありました。

カップルは当時の世界的ロック・バンドであったビートルズのジョン・レノンと彼の恋人、日本人のヨーコ・オノ。そして連れていた子供はヨーコの前夫との間に生まれたキョウコでした。レノンとヨーコは、友人のつてでそこで休暇を過ごすために忽然と姿を現したのです。雪に囲まれた学校に二人は3-4日滞在し、新しいタイプの学校の生活たのしんだようです。レノンはこの滞在中、長かった髪をばっさりと切り落としました。その後二人はあの有名は平和運動のパフォーマンス「ベッドイン」をするのです。どうやらデンマークの滞在で思いついたようです。学校での二人の会話が録音されたテープも残っています。

昨年12月末、デンマークのTVがこのレノンとヨーコのデンマーク訪問を6分ほどの映像にして放送しました。当時の学校関係者、レノンの髪をきった美容院の女性などが当時のことを回想してコメントしています。貴重なのは、ヨーコの前夫の娘が映像に登場していること。ヨーコがこの娘のことを語ることはほとんどありませんし、いま、どこでなにをしているかもわかりません。レノンとの間に生まれたショーンは日本のメディアにもしばしば登場します。しかしキョウコは絶対に登場しません。

1969年、すでにヨーコの前夫はあたらしい女性とともにキョウコを育てて居たはずです。なのになぜ、キョウコがデンマークでは、レノン夫妻と一緒に居たかは謎です。ただちょっと預かっただけかもしれません。TV番組はyoutubeで見ることができます。画像は悪いですが。 John Lennon I Danmark

2009/01/15 ダッフルコートはヴィンテージ

会社の1台のPCの調子がおかしくなったので、データがおかしくならないうちにと、38600円のPCを購入しました。すべてのデータの移動には、丸1日かかりました。 スカイプの話す方の音声が伝わらず、無線LANの機器に添付されいたスカイプソフトを入れたら正常になりました。なんだかよくわかりませんが。

もう一つはソフトバンク携帯で音楽を聴くという試み。これが上手くいきません。 アバウトに8メガのマイクロSDを買ってきたら、2メガまでしか対応してことに気がついた。しかも最近は音楽をあまり聴かないからファイルの変換がわからない。サポートセンターに聞いてみたけれどやはりだめ。一回、休憩して再挑戦です。

1月17日からデンマーク・スカルス手工芸学校の留学へと旅立つAYAKAさんが、デンマーク語の集中講義を受けています。AYAKAさんのもとのお仕事は古着屋さん。自分が来ている1972年に買った、初めての北欧旅行にも着ていった黒のVANのダッフルコートを見せたら「高く売れるかもしれません」との鑑定。うーん、欲がでる。ネットオークションしようかな。

昨日直木賞と芥川賞の発表がありましたが、127回目の芥川賞受賞作「パーク・ライフ」を読みました。正直、なにがなんだか意味がわかりませんでした。途中まで主人公の高校時代の恋人を「男性」と思いこんで読んでいたので、混乱してしまいました。「ひかる」は女でした。主人公の物言いからつかんだイメージがゲイぽかったのでそう思いこんだのがいけなかった。 主人公はフツーに女子を好きなる男性でした。こういうスケッチ風の小説は苦手です。ただ、「パーク・ライフ」というタイトルがなんとなくおもしろいなぁ、と思ってたのですが、先日TVをみていたらイギリスのロックバンドが同名のヒットをだしていたことを知りました。ああ、きっとここからとったんだな、と思いました。 とわかるとさらに小説のパーク・ライフがつまらなく思えてきてしまいました。何年か前の「一人日和」といい、なんか手応えのないところてんのような味の文学が多い気がします。というか、人生観が違うからでしょうね。好みの問題ですから仕方ありませんが。それにしても、オアシスのワンダーウオールは突き刺さってくるナンバーです。私はいまブライト・アイズというバンドに注目してるのですが。

2009/01/13 フィンランドの大学改革

フィンランドの大学が改革され、2010年から、17の大学に統合され、国防大学をのぞいて法人化されることになりました。フィンランド人の学費無料は変わりありませんが、外国人留学生については、一部有料になる可能性がでてきました。大学は、寄付を募ったりファンドを運営したりすることができます。日本でも大学の法人化が進みましたが、大学への補助金が減額されたりしているようです。フィンランドの大学関係者の一部は、外国人留学生の有料授業が将来、自国民への有料化につながるのではないか、懸念しています。大学の法人化は世界的な傾向のようです。

ネット上の百科事典、ウィキペディアに北欧各国の大学について項目が立てられ始めたようです。コペンハーゲン大学、オスロ大学、ストックホルム大学、ヘルシンキ大学などはその概要が説明されています。他にもスウェーデンのウプサラ大学やルンド大学が紹介されています。

2009/01/05 仕事の始まりです。

2009年が始まりました。中東では戦争が始まり、東京の公園には生活困窮者があつまったりで、めでたさも何となくしぼんでいます。でもそれだけ深刻なのですから、少々しぼんだ方がいいのかもしれません。

現在、「社会人のための北欧留学」を制作中です。予約を受付中です。ご期待ください。

2009/01/01 新年おめでとうございます。

あけましておめどうございます。
今年も皆様にとって良い年でありますようお祈りいたします。

デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの元日の新聞サイトをみてみました。各国のトップニュースはタイ・バンコクで起きたナイトクラブの火災。衝撃的な写真をそえて伝えています。北欧人も多く住むところだからかもしれません。日本人も負傷者がでているようです。ノルウェーのaftenpostenのサイトでは、世界の都市の年越しの様子を写真で伝えていて、非常に楽しい企画です。

12月27日 映画を観る

年末休みに入り、昨日は映画三昧。まず「ダークナイト」。娯楽を映画を超えて、善悪について考えさせる内容になってました。でも良くも悪くもハリウッド。物量の映像にはトシのせいか、ちとついていけませんでした。次に「Udon」。ユースケ・サンタマリアさんは主役ははれない俳優と思う。映像もCMを観てるようで、途中で飽きてしまい早送りで観てしまいました。主人公がまたニューヨークに旅立つのも理解ができませんでした。それと、鈴木京香さん、もっと綺麗に撮ってほしかった。でも、うどんは食べたくなりました。

夜更かしして、深夜のBSみていたら、ミア・ファーロー主演の「フォロー・ミー」(1972年)が流れていました。もう50年近くも前の映画ですが、古さを感じさせない映像に処理されていて、まるで今の映画のようでした。とても楽しい映画ですが、いまだったら「ストーカーのホラー映画」になってしまう内容かもしれません。テーマ音楽もいい。ロンドンの街を歩きたくなるような映画です。今、大開発が進んでいるニコタマを下りた多摩川沿いにあった二子玉川園(遊園地はもうなくくなった)の横にあった映画館でみました。今日もこれから家のものが借りてきた「ハムナプトラ3」を返却前に観ようかと。

12月26日 留学の成功とは?

産経学園で「北欧留学」のガイダンスをすることになりました。ワーキングホリデー、フォルケホイスイコーレ留学、デザイン・アートの学校のご案内させていただきます。お時間のある方は、どうぞいらしてください。 「社会人のための北欧留学」セミナー

留学というのは「夢みるもの」ではないなぁ、とこの頃わかってきました。留学は、現地の求める条件を満たして、あとはきちんと事務手続きしてゆけばできるのです。留学は留学者を次のステップへと飛躍させるプロセスだと思います。「留学の成功」とは、本人が日本に帰国して、日本社会で北欧の経験がいかされあなたがそれに満足したなら、成功といえるのではないかと思います。

12月25日 兵庫・須磨駅前の「コペンハーゲン」

23日のコンサート当日の午前中、神戸の須磨駅駅前にデンマークのホットドッグを売る店ができたというので、足を伸ばして行ってきました。本当に駅の目の前にあり、デンマークレッドが、一際目立ちます。以前岡山県でレストランを開いていた、デンマーク人のビャーネ・リンボー・ハンセンさんが、店主です。5-6人も入れば、店はいっぱいになってしまうけど、店内は、リアル・デンマーク。私は20分ほどしかいなかったけれど、その間に3人もデンマーク人が来たのには驚きました。店名はコペンハーゲン

12月23日 第2回 絵本と童話と音楽と−ニッケルハルパとハーディングフェーレ

12月21日はホテルプラザ神戸のガーデンチャペルに場所を移して、北欧の伝統民族楽器、ニッケルハルパ(スウェーデン)とハーディングフェーレ(ノルウェー)のコンサート。今回のアーティストfissは、昨年の私たちの会がきっかけで誕生したユニットです。今回はフィドル奏者の大森ヒデノリさんも加わり、パアーアップしたコンサートになりました。前回は20分程度の演奏でしたが、今回はたっぷり1時間の演奏です。

ガーデンチャペルの音響設備は抜群でありました(と、演奏者の方達が口々にいっておりました)。今回の場所を提供して頂いた、同ホテルの支配人の野本さんはかつて、東京におられたとき北欧留学情報センターで、スウェーデン語を学んでいた方です。その縁で今回のコンサートが実現しました。休憩時にはグロッグを提供、お客さまには喜んでいただきました。来年も開催したいと思っています。 写真は左から、ガーデンチャペル、大森さん(向かって左、フィドル担当)と樫原さん(ハーディングフェーレ)、楽器の説明をする本田さん(ニッケルハルパ)、3人の演奏。

12月23日 第2回 絵本と童話と音楽と−絵本と落語の出逢い

12月20日の絵本と落語の出会い@なんばパークス産経学園では10名の方が来場しました。

中川あゆみ先生がまず北欧のクリスマスにちなんだ絵本を紹介しました。クリスマスにかかわる事柄にそって、どちらかというと北欧で定番の絵本を紹介していただきました。本当にわかりやすいお話で、絵本ナビとしてそのまま本にしたいくらいのないようでした。

「クリスマスは日本の習慣ではないからなじめないという人もいるかもしれませんが、絵本を贈ったりお話したりして、人を思いやる日と考えればいいのではないでしょうか」という締めの一言は大いに共感のできるものでした。

引き続き笑福亭仁勇師匠が、「裸の王様」を落語でかたりました。舞台を江戸時代に置き、着道楽の殿様が見えない着物を織るという詐欺にあうお話。ばかばかしいないようですが、振り込め詐欺が流行る世の中では、たんなる「バカ殿のお話」ではすまされない内容です。落語が終わったあとは、みなさんでグロッグをいただきました。そのあともうひとつ、仁勇師匠が坪田譲治さんの童話を語りました。最後には、産経学園のスタッフの方が、絵本を作ったというので、それをご自分で朗読してもらいました。これはサプライズ。

12月17日(木)スウェーデンのおもてなしの心

ノーベル物理学賞を受賞した益川さんが今日の朝日新聞に、授業式の1週間を振り返って寄稿しています。たいへん楽しかったようで、心と筆が踊っているのがよくわかります。「英語ができるにこしたことはない」と繰り返し、「英語ができなくともよい」と考える人に釘をしているようにも思えます。また、1週間の滞在で強く感じたのは、日本で失われてしまった「おもてなしの心」だ、とも。招く主人と招かれた客人は1対1の関係だ、とする考え方には強い共感を覚えました。本来、使うべき場所が限られた「品格」だとか「侍の心」だとかの考え方を、薄っぺらなセンベイにしたような言説ばかりが幅をきかす日本の世の中にいやな感じを覚えていましたから。

また昨日の朝日の朝刊に反貧困運動の湯浅さんが大仏次郎賞受賞を受けて寄稿していました。この内容もたいへんすばらしいものでした。「結局、自己責任とは自己責任を棚上げにする人たちの言い分なのだ」という主旨の一文には溜飲の下がる思いがしました。一方で私たち市民が政治家や役人の行動を厳しく監視する「自己責任」があることも強調しています。これもまた共感を覚えるものでした。

12月15日(月)「生きろ、堕ちろ、堕ち切れ」

1月に公開予定のノルウェーの映画『ホルテンさんのはじめての冒険』(12-月5日に紹介済み)監督ベント・ハーメルのハリウッド映画『酔いどれ詩人になる前に』を見ました。読んだことはありませんが、アメリカ人作家ヘンリー・チャールズ・ブコウスキーの作家として名をなすまでの、行状を描いた映画です。たまたま目にしたブログで、若い女性が、「主人公がの生活はひどい」とか書いていましたけれど、確かにああいう生き方女性の共感は得にくいだろうなぁと思います。「男の人生」ですね。のんだくれてばかりいて、勤労体質というものがなくて。でも、若い頃(いまでもか?)、酒こそ飲まないものの、主人公に似たテキトーな生活を送っていた者としては、懐かしさと共感を覚えながらみていました。最後に流れるモノローグのなかで、「物事は決めたら何を失ってもトコトンにやるべきだ」というのは、確かに共感しました。しかし、だれもが真似できることではありません。たいていの男は、どこかで、続くかなくなって敗残兵のごとく「愛」とか「結婚」という墓場に向かってしまうのです。「生きながら結婚(愛に葬られ」てしまうんですね。

多くのアーチストがブコウスキーに憧れるのは、彼の精神のタフさだろうと思う。坂口安吾の「堕落論」を思い出させるモノローグでした。「生きろ、堕ちろ、堕ち切れ」。ですね。

脚本まで書いたベント・ハーメル監督。男として作家の生き方に共感したのでしょう。話のテンポが北欧的だし、とにかくリアリティがあります。男女が絡むシーンの演出は、相変わらずの北欧ティスト。ちょっとラース・フォン=トリアーの影響があるかな?それとも、北欧人の地金かな。

12月14日(日)Masukawa 先生

今年度ノーベル物理学賞を授与されたMasukawa先生がスウェーデンでウケています。たしかに見ていてスウェーデン人にチャーミングに写るだろうと思います。なによりも態度が明瞭なのがいい。嘘がつけない人、という人柄が伝わってきます。日本の文科省に出向いたときは「日本の教育はだめです。教育汚染です」と言い切っていたのは、実に痛快でした。スウェーデンでは、イェス、ノーがハッキリしているのも好感をもたれていることでしょう。そして表現力も豊かです。Masukawa 先生をお世話していたスウェーデン人大使館員は「語彙が豊富」と述べていました。英語で話させたら、Masukawa先生の個性が死んでしまう、とスウェーデン人たちはとっさに判断し、式典での日本語のでの呼びかけになったのでしょう。見事な判断だった思います。

12月8日(月)デンマークの公共交通政策の理念


1970年代にデンマークで鉄道を利用して以来、比べるものが出来たせいで、日本の鉄道会社、とりわけJR(旧国鉄)という会社が、利用者本位で経営してないと、いつも感じています。やることがいつも手前勝手だと思っています。スイカはたいへん便利だと思いますが、しかし莫大な資金を投じて作る必要なシステムなのだろうか、使用ししつつも、疑問をもっています。JRは最近、ホームベンチを次々撤去し、その代わり自販機が増えています。同社の役職者にいたっては、「スイカが世界をかえる」というタイトルの本まで刊行する始末で、品性が疑われます。

デンマークの公共交通と比べるとなにかおかしい、そう言う気持ちがズッともやもやしていましたが、今日富山大学教育学部山根拓先生の論文(2003年)、「コペンハーゲン市における都市公共交通システムの実態とその背景」を読んで、だいぶモヤモヤがはれました。自分が感じていたことは間違いではなかったのだと、思いました。

私がもっとも共感を覚えたのが以下の文。

「本論でもっっとも強調したかったことは、社会的公正の理念がコペンハーゲンにおける公共交通システムの基底をつらぬいているということである。言い換えれば、できるだけ市民の交通権を保証するために、複数の公共交通機関のネットワークが合理的に結合され利用されるような交通政策が。当地域で実施されている」  私が、デンマークで味わった鉄道利用の快適さは、理念があったからこそだと納得できます。

そして日本については、先生はこう説明されています。 「これ(デンマークの公共交通システム)をわが国の都市や地域の即座に導入することは不可能である。なぜばら、わが国の公共交通政策は、その総合的な理念を問わずに、今や市場主義的な競争を独立採算の個別経営主体にますます強いる方向へ展開しており、さらに受益者負担原則が根本的に見直される機運もないように見えるからである」

日本の地方都市で、バスや電車が、次々と廃線になっていますが、それは単に利用者が少ない採算がとれないから廃線になるではなく、新幹線を利権がらみでつくったりする公共交通政策への理念の無さがそうさせているのではないかと、先生の説明を読むと思えてくるのです。

私が、日本の鉄道ファン(実は自分も鉄道が好きです)に今ひとつ親しみが持てないのは、山根先生のように「公共交通の理念」に触れようとしたり、公共交通のあり方を論じようとする姿勢が目に付かないからです。どれだけマニアであるか、そのことが彼等の一番の関心事であるかのように思えるのです。

12月7日(日)コンニチワとニーハオの間

昨日の北ヨーロッパ学会で一番ホットな話題は、やはり移民問題でした。デンマークの都市近郊では、3人に1人が移民だというまちもあるようです。勘違いしないでほしいのですが、この中に日本人が含まれていないといえません。日本人も定住している人は、「移民」です。

驚くのはノルウェーでもデンマークでも、移民に差別的な政策を掲げる政党がいってい支持をうけ、国会で議席を獲得しているということです。北欧のどこの国でも移民に対する嫌悪感は年々まし増しているようです。

10年いや15年くらいまでは、私たち日本人がコペンハーゲンの街をあるいている「コンニチハ」と声をかけられることが多かった。そしてそれはどちらかというと親しみも込めたニュアンスがあった気がします。しかし、今は、かならず「ニーハオ」です。

コンニチワとニーハオの間には、デンマーク人の外国人に対する気持ちの変化があるのです。それがどのような言葉には置き換えられません。しかし「ニーハオ」の声掛けには、なにかその響きにとコチラを見るデンマーク人達のまなざしに物言いにトゲやからかいが感じられるのです。

12月6日(土)第7回北ヨーロッパ学会

以下の所に書かれていた「愛の橋」についての記述が面白く、現在制作中の「社会人のための北欧留学2009年版」に掲載したいと思いブログ管理者に連絡をしました。都内の私立大学に通学している学生さんのようです。

http://ameblo.jp/komanatsu86/entry-10061131532.html

その方の返事のなかで、参考にしたというブログということで、教えてもらつたのが「スウェーデンの今」というブログ。これが素晴らしいです。スウェーデンに7年住んでいるという方ですが、実に興味深く読めます。文章もよみやすくわかりやすいです。 ご一読ください。

http://blog.goo.ne.jp/yoshi_swe/

それからネットサーフィンして見つけたブログがこれ。

http://srshuichi06.blog11.fc2.com/blog-category-3.html

デンマークのMiddelfart で、バレーボールの監督をしている男性。読んでいくとオーフスのチームにも日本人コーチがいるようです。いろん人が北欧で活躍してるんですねぇ。

さて、今日は早稲田大学で北ヨーロッパ学会がありましたので、はじめて出席しました。どれもこれもおもしろさそうな演題でしたが、私は以下を拝聴しました。

【専門分科会】 テーマ:北欧の文化・歴史
19世紀末デンマークにおける黒衣の女性をめぐって(田邉欧)
ノルウェーの「スカンディナヴィア協会」−第2次スリースヴィ戦争後のスカンディナヴィア主義の可能性と限界−(大溪太郎)
「フロンティア」のグリーンランド−北極利権をめぐる闘争の中で−(高橋美野梨)

田邊先生と話しをうけてある先生が今回の「ハンマースホイ展」ついて触れ、美術館側が正しい表記である「ハンマスホイ」を承諾しなかったお話をしました。ほとんど日本ではじめて聞く名前にもかかわらず、専門家の間でハンマースホイとされているから、とゆずらなかったそうです。

12月5日(金) ノルウェーの映画『ホルテンさんのはじめての冒険』来年正月第2弾公開。

一昨日のことですが、来年草々公開されるノルウェー映画、「ホルテンさんのはじめての冒険」という映画の宣伝担当の方が見えられ、フライヤーとポスターを置いていってくれました。定年を迎えたベルゲン急行の運手士の話で、監督はベント・ハーメル。『卵の番人』、『キッチン・ストーリ−』の監督、といえばピンとくる人も多いかも知れません。年配者の男性を主人公にした映画作りは、きっとなにか理由があるだろうけど、独特の北欧のユーモアが持ち味です。語り口は、日本の落語っぽい。フィンランドの監督カウリスマキの影響もうけているような気がします。いずれにしても、公開が楽しみです。
に、しても予告編みるとホルテンが運転しながらパイプをふかしていたけれど、ノルウェーは、電車の運手中の喫煙がOKなんですね。鉄道好きにも楽しめる映画だと思います。それと死んだとばかり思っていたデンマーク人女優ギタ・ナー−ビュがでていて驚きました。勝手に殺して申し訳なかった。 公式ホームページは、 http://www.horten-san.jp/

映画は何をやっているかも確かめずに、フラリと見るのが大好きです。会社の近くには、飯田橋ギンレイホールがあっていつもの二本立てでやっているというのになかなかいけません。もっぱらゲオで借りています。CGバリバリのハリウッド映画に完全に飽いているような気持ちがあって、最近はいかにも低予算の小粋なイギリス映画を好んでみています。だからマット・ディロンという名前をみただけで、観賞していないのですが、『酔いどれ詩人になる前に』にも、ハーメル監督の作品だったのですね。気がつかなかった。見てみようと思います。

ついでですが、日本映画も好きなのですが、なかなか当たりがでません。演出がかったるいのと、アイドル売り出しのための高校生映画ばかりで。でも最近みた「歓喜の歌」は面白かった。まあ、テレビドラマと映画の中間のような感じですが、話がしっかりしてるのと主演者(小林薫)が、とにかく上手いので最後まで楽しくみることができました。おすすめです。年の瀬が舞台の映画だから、いいかもしれません。

12月4日(木) ハンマースホイの展覧会に行ってきました。

ハンマースホイの絵をようやく見ることが出来ました。平日ですが、観覧者はけっこういたと思います。案内のとおりたしかにほとんどの静謐感があり、音が聞こえない絵、という感じです。女性がピアノ弾いているような絵もあるのですが、音が聞こえてくる気がしないのです。

数々の室内画には自分が、デンマークの体操学校で見た調度品が描かれていて、まるでその場にたって見ているような錯覚にもとらわれました。 ソファーのある部屋の中に光が差している絵も感激しました。写真では出せない自然さがありました。温度まで感じられるくらいリアリテイがありました。 とても日本人受けする、画家ではないかと思います。

入り口売店で販売されているグッズの多さにも驚きました。昔は、絵はがきとパンフくらいだったのが、常設展示でもないのにTシャツ、クリアファイル、ボールペン、チョコレート、マグネット等々、その品数の多さ。絵が絵だけに、女性にはとても受けそう。値段も手頃ですし。

12月7日までの展示です。お勧めです。ホームページもなかなかのもです。http://www.shizukanaheya.com

こちらはいろんな方のコメントが読めます。http://www.shizukanaheya.com/key/index.html

12月3日(水) ワーホリビザが下りました。

デンマークのホイスコーレに在籍したまま、現地でワーキングホリデービザを申請した2人の方の、ワーホリビザが下りました。それぞれデンマーク語習得のために、4カ月の留学ビザでフォルケホイスコーレに留学しました。フォルケホイスコーレへの入学は「留学ビザ」(通称ST1)のみというのが移民局いう決まりだからです。ところが、今回、下りたワーホビザは、12カ月分つまりお二人は、16カ月デンマーク滞在が許されることになりました。ただし、これはすべての人に当てはまるわけではありません。判断の基準は、おそらくお金の蓄えだったと思います。2人とも、コペンハーゲンへ移動し、アルバイトを探すようです。

いずれにしても、2人の例で、条件さえ整えばフォルケ→ワーホリが可能だということがわかりました。

12月2日(火) 8年振りの再会

昨日は、以前私たちのところで、デンマーク語を教えていたハンネ・ヨアンセンさんが、家族とともに来日、会いに来てくれました。8年ぶりの再会です。日本を去るとき、生まれたばかりのマヤちゃん、歌が大好きな元気なお嬢さんに育ちました。ヨアンセンご夫妻は、日本での大使館勤務のち、各国の大使館に勤務し、現在はアフリカのマリに駐在してからブルキナファソにいます。ブルキナファソというまったく聞いたことのない、アフリカの国です。不勉強の極みですが、ネットで調べてみました。アフリカの最貧国に一つだそうです。ネット調べてみると、あるんですね、ブルキナファソ友好協会が。協会のホームページには、一度行くとはまります、とあります。

アフリカへの貧困や飢餓には関心はあるのですが、関心があるだけでなにするわけでもないので、「なんとかなならんかなぁ」と思ったあとに、かすかに胸の痛みを感じます。なにもできないのだから、なんとかならんかなぁ、などとも思うのは「おこがましい」、「偽善」ではないかと思ってしまうのです。行動のともなわない心配や同情は、やはり「余計なお世話」でしかないと思う。でも、目の前に、きたらなにかしよう、と心の準備だけはして思います。

それにしても、マヤちゃんは8歳だというのに、英語が上手。環境が、の問題だけではない気がします。

12月1日(月) デンマーク領グリーランドの自治権拡大

デンマーク領であるグリーンランドの自治権拡大が住民投票で可決されました。日本の新聞報道によれば、背景には資源開発が可能になり経済的基盤が整う条件が揃い始めているからのようですが、ほんとうのところはわかりません。

http://www.asahi.com/international/update/1126/TKY200811260291.html

先日、TV、ダイヤモンドビジネスのドキュメンタリーを見ましたが、実際の採掘現場の先住民がいかに不当な扱いを受けているが分かりました。とりわけシエラレオネの現状はひどいものでした。グリーンランドも今後、そういう利権目当ての企業や国に食い荒らされないように自治が進められることを願っています。

ところで最近になって、約40年前、グリーンランド北部に米軍機によって核爆弾がすてられていたことが明らかになりました。デンマークもアメリカもこの事実を長く隠蔽していたわけです。

http://slashdot.jp/articles/08/11/14/0321249.shtml

その事実を素材に書かれたと思われるのが、デンマーク人作家Peter Høeg の世界的ベストセラー『スミラの雪の感覚』(新潮社刊)です。デンマークとグリーランドの関係を知る上で、役立つミステリー小説です。 これはデンマーク人監督Bille Augustにより映画化もされました(邦題、「陰謀のシナリオ」)。 本も映画も、日本では不発でした。今になってみるとグリーランドとデンマーク、アメリカの関係を私たちが知識ととしてもっていなかったからなのですね。

11月29日(土) 残念? でも、これで良かった?−倉敷チボリ公園閉園へ。

11年前に開園した倉敷チボリ公園が、12月で閉園します。開園から閉園まで、とにかくスキャンダルにまみれ続けていたような印象があります。残念な気もしますが、なんとなくホッとする気持ちもあります。本来の「チボリ」の価値とイメージを貶める結果になってしまいました。端で見ていた者からすると。岡山県民は最初から最後まで置き去りにされたプロジェクトだったように見えます。しかし話が持ち上がってスッタモンダしていた開園前、ある革新政党は、デンマークのチボリを指して「典型的な夜型歓楽施設」などと紹介して招致反対を唱えていたくらいですから、そもそもこのプロジェクト自体、岡山県民は十分理解していなかったのだと思います。すべてがトンチンカンに進んだ感があります。

ある方のブログによれば最近は「地区の朝市(青果)」、演歌の「歌謡ショー」などが催され、果ては、蕎麦屋まで出現したそうです。なりふり構わずだったのでしょうけれど、デンマーク現地企業と「チボリ名義使用」でもめるのは無理がありません。私が訪ねた時もすでに、サントリーのビールの幟が立っていて景観を壊していましたねぇ。デンマーク側から、集客努力をしなければ名義は貸さないと最後通告を出されてもう打つ手はなくなったようです。チボリ公園巨大プロジェクトの利権に群がった「鬼」達を、成敗する桃太郎はついに現れませんでした。

閉園後は商業施設になるそうです。閉園を伝えるポスターに「チボリは決して完成しない。チボリは未来にある」と書いてあるのですが意味がわかりにくい。穿った見方をすると皮肉と批判が込められているような気もします。倉敷チボリ公園に公式ホームページを観ているとなんとなくむなしい気持ちになります。

因みに、デンマーク・チボリのホームページはコチラです。

11月27日(木) 北欧留学にはネットPC

足の手術の抜糸をしました。な−んとなく足が軽くなりました。気のせいかもしれませんが。

現状でいちばん売れているPCは、いわゆるミニサイズのネットPCなのだそうです。価格はだいたい4−5万円、ネットとメールのやりとりをするには十分な機能を備えています。電源なしでも結構使えるし、光学ドライブがないので軽いです。日本の会社の物よりも、台湾、アメリカのネットPCが魅力的です。DELLコンピュータのネットPCが売れているそうですが、価格が34980円ですから納得できます。

で、なぜネットPCの事を書いたかというと、あなたが北欧に留学をするとき、パソコンをもってゆくつもりならこのネットPCでいいのではないかと思うのです。HDDの容量が少なければファイルはUSBやSDカードで対応できるだろうし、メモ程度の文章なら十分保存できます。スカイプもできます。ただメモリ1GでOSがウインドウズVISTAのものは避けた方がいいと思います。XPがいいです。1GメモリではVISTAが動かないのです。工人舎のミニPCを6ヶ月ほど使いましたが、結局、DVDを観るだけに終わりました。電源入れてメイン画面がでるまでとても時間がかかること、重いこと、しかもDVDもコマ落ちするのです。で、ソフマップに売りました。スカイプしながらネットつなぐと、スカイプが落ちてしまうのです。メモリが増設できないタイプだったので、どうにもこうにもPCの役割を果たしてくれませんでした。設計思想は気に入っていたのですが。

今日、新聞で紹介されていた興味を覚えたのはキングジムの「ポメラ」。テキスト入力だけを考えて作られた小型のワープロ。単4電池で20時間もつというのがスゴイ。PCではないので、ネットにはつなげないけれど、テキストデータならUSBケーブルでPCに移動させることができます。正価は27000円ですが、実際は20000円前後で売られているようです。

11月26日(水) 下りないワーホリビザ

ワーホリ情報サイトの掲示板をみていたら、「デンマークのワーホリビザが下りない」というかき込みが続いていました。よく読むと年令制限ギリギリの申請で、入国がその10ヶ月後という事例でした。つまりご本人が渡航されるときは、年令制限をこえてしまのです。明確には記されていなかったのですが残念ながら、この申請者のワーホリビザは下りなかったようです。

バンザイ・インターナショナルの河野社長に聞くと、確かにオーストラリアの場合は取得後1年以内に入国すればいいそうですが、それでも入国時に年令制限を超えているとわかっているケースであればワーホリビザが下りない可能性が大きい、ということです。 またワーホリビザの条件は、それぞれの国の事情によって違うので、それに合わせて自分の方の条件を整えて申請するのが望ましい、というお話でした。デンマークの場合は申請、取得後の入国は概ね2ヶ月以内が目安のようです。

なかなかビザが下りないときは、日本のデンマーク大使館ではなく、現地の移民局に直接問い合わせるのがいいです。日本の大使館はビザ申請の受け付け窓口でしかなく、申請者にビザを発給するかどうかの判断は現地移民局担当課だからです。メールではなかなか返事は得られません。電話をして問い合わせるのが近道です。(写真は、国会答弁に臨むデンマークの女性大臣。自然な5月のファッションが新鮮。)

11月25日(火) デンマークでの住宅探し

デンマークでどうやって住宅探しをしたらよいかという質問が来たので、思いつくままに書いておきましょう。
住宅を探すには、まず、Cheepest & Clean, Good sequlity、をキーワードに探しましょう。アパートでバス・トイレ付きは、たいへん家賃が高い。トイレ、シャワー付き部屋を探すとよいでしょう。それでも高いとシャワーやトイレが共同のアパートを選ぶことになります。ウマのあう人がいたらシェアして借りるのも方法です。礼金、敷金などはありませんが、3ヶ月分の前家賃程度のお金は用意しておいたほうがよいと聞いています。隣に異性が住むこともあります。女性はすこしイヤかもしれませんが、女性専用アパートなどはまずありませんから、心得ておいたほうがいいでしょう。それからアパートのルールというのがあって、これを破るときつくたしなめられるので、注意してください。因みに、住宅はbolig 賃貸はLeje、アパートはLejelighed、家はHus、部屋はVaerelseです。

アパートを見つける方法としては、

1.ネットで探す
2.不動産店舗を尋ねる
3.口コミ
4.住宅新聞で探す

の方法が考えられます。

1は下記にサイトなどで目安をつけるといいでしょう。しかし、日本の住宅探しポータルサイトと同じで、あくまで目安です。たすねてみたら、もう契約済みであることも考えられます。

*住宅新聞のサイトです。 http://www.boligavisen.info/

*これは住宅案内のポータルサイトです。
http://www.dba.dk/asp/soegning/soegning.asp?fritekst=lejebolig&sektionId=3

デンマーク語のよくわかる人に手伝ってもらって、よく見てください。

2は住みたい町を歩けば必ずあります。boligを目印に店を探しましょう。言葉に自信がなければ、デンマーク人やデンマーク語がわかる友達に助けを求めてください。もちろんお礼もしてください。といっても1日つきあってもらったらコーヒー1杯のお礼ですますというわけにはいきません。現金で5000円程度とランチでもおごればいいでしょう。もちろん交通費はこちら持ちです。 3.これは学校の生徒などに聞くといいでしょう。早く決めないとたいへんなんだと騒げば、いろいろ情報くれるはずです。でもやはり物件を観にゆかなくてはなりません。また、契約してもしなくても教えてくれた人には小さなお礼しましょう。 4の新聞は駅やスーパーなどに行けばありますし、また学校に届く新聞などを参考にしてください。

11月24日(月) 人魚姫像問題について。

上海万博へ人魚姫を貸し出すというデンマークの政府のアイディアには、たくさんの人が反対しているようです。制作者エドヴァード・エリクセンの孫も反対しているようです。反対するのは、オリジナルを国外に出した前例がないからだと思います。これまで、あちこちのイベントや友好のために人魚姫像は使われていますが、オリジナルがデンマーク国外にだされたことは未だかつてないのです。たとえば1989年に行われた名古屋デザイン博覧会でも人魚姫はありましたが、これは半分サイズのレプリカでした。(いまでも名古屋の海浜公園に残されています)。私も、オリジナルを出国させることはないのではないか、と思います。中国市場をにらんでいるのか、最近のデンマークはなんだか中国に媚びを売ってるようにも思えます。これまで他国でもしてきたように人魚姫像のレプリカを作成して展示し、そのまま友好の証として上海に残すというのがいちばんいいと思います。

それがだめなら、私の提案としては、大阪の天保山公園にあるレプリカを代わりにに貸し出してはどうか、ということです。あそこの人魚姫はその存在をほとんど忘れられているし、半年間いなくても支障はないと思います。デンマーク、日本、中国の協働作業にもなりますから、国際交流の面からもいいのではないかと思うのですが。

因みに人魚姫のいないランゲリニエがどんな雰囲気になるかは、コチラの旅行記サイトでわかります。観光客がへりそうです。

11月23日(日)北欧留学案内、改訂中!

「社会人のための北欧留学」の改訂版を出版すべく、書き直しています。デンマークのフォルケホイスコーレの留学情報を中心に書いているのですが、学校数の減少、学校としての性格の変容、留学査証取得方法の変更などあらためなければならない箇所が多く、確認作業に時間を要しています。170年の歴史をもつフォルケホイスコーレは日本にはない教育システム。フォルケ留学を目指す人には、この独特のシステムを理解してもらわなくてはなりませんが、常に数値化された評価にまみれた教育システムのなかで教育を受けてきた人たちになかなか理解できないと思います。私自身、はじめて留学したときは、こういう学校が成立するのか、と半信半疑でしたから。(左の写真は、スベンボアで出会った、おじさんバンド。軽快なテンポの音楽を演奏していたのだが、なんの曲かわからない。ベース担当は四角いボックスの端から弦をのばして棒でささえて音を刻んでいた。粋で味のあるバンド)

先日「和田中の学校改革」という岩波からでている本を読みました。なにかドラスチックな改革があったかと思って目を通したのですが、いわゆるこれは「学級運営」事例のレポートであって、社会全体の学校改革を書いたものでありませんでした。つまり子供の学力をどう確保するかの話です。一般の私たちには全然参加余地のない話がえんえん続きます。北欧のように、教科書や鉛筆を貸し出し制にするとか、学費を無料にするとか、そんな話を期待していたのですが....。教師たちは根幹に関わる大改革は、端からどうもあきらめているか、考えてもいないようです。フィンランドの教育現場を視察した多くの専門家が、「フィンランドの学力の高さの背景には、学費無料がある」と指摘しています。まずできることからということで「学級経営改革」に手をつけるというのもわかるのですが、勇気を持ったこの国の教育システムと理念の変革にも手をつけていかないと、このまんまの気がするのですが。(写真は、フィンランドでの理科の授業。)

11月22日(土) 駄犬と戯れる。

外反母趾矯正手術後の療養で家にいます。飼い犬がやたら普段は家にいることに少ない自分の姿をみて朝から吠えます。遊んでくれ、とせがむのです。飼い犬は、私とボクシングのようなことをして遊ぶのが大好きで、使い古しの古い手袋をはめて、彼女のあごや首に軽いパンチをくれてやると興奮して立ち上がって飛びついてくるのです。カンガルーみたいに。
いつも1ラウンドなのですが、休憩なしです。5-10分やっても、相手はタオルを投げません。止めてくれません。根負けするのはいつも私のほう。手袋を取ると、彼女は口で手袋をくわえて再戦を催促してくる始末で、キリがない。そういう時は、パンの耳などやって関心をそらせます。でも遊んだあとは、ピタッと無駄吠えをしなくなります。

TVニュースを見ていたら、NOKIAが、携帯通信授業を来年2月から日本市場で展開する、という事が伝えられれていました。NTTの回線を借用して、通信環境を確保するようですが、料金体系は独自のシステムを用意するということです。わかりやすい料金体系だといいのですが。
家族が、ヴォーダフォンからソフトバンクに切り替えたのですが、そのとき店員の料金体型の説明だけで1時間弱でした。説明でぜんぶ理解いできたかとういうと、もちろんそんな事はありません。初めて明細が届いたのですが、そのサービス項目の多さに目がクラクラ。こんなの契約あったの?というラインもあって、とにかくわからない。 自分でも海外で使用できるものとして用意し いちばん単純な料金体系を選んだつもりですが、これもよくわからない機能がついていて?????。

テレビCMをみていると、どの通信会社も「無料です」をしつこいくらいに強調します。ああいうCMにはどうも違和感を覚えています。
NOKIAもスカイプのようなわかりやすい料金体系だといいのですが。 それにしても、スカイプというのは、本当によく考えられた通信方法だと思います。ノーベル賞ものだと思います。(写真は、今年5月オーゼンセの朝市に犬を連れて来ていた男性を後ろから撮ったもの。ワンちゃんの顔が実にいいと思いませんか?)

11月21日(金) フィンランドで見つけた教師用デスク

先月訪問したフィンランドの小学校で、写真のような机をみました。教師用の机で4人が座れるようになっています。実に機能的にできていています。自分でも作ってみようかと思っています。左から机の全体像、机の支え、そして上部分。4枚目もなかなか工夫された配置の机だと思いませんか。

11月20日(木) 北欧留学の「夢」と「希望」

退院しました。しかし週末は家での安静を医師から命ぜられました。切開した部分の傷の治りがまだまだで、腫れが引かないからです。足は紅芋みたいです。歩きを軽減するために不本意ながら病院からタクシーにのると、通りに黒塗りハイヤーがズラリ!タクシーシェフに聞くと、今回の元厚生省役人を標的にした連続殺傷事件を追い警察署前にあつまった報道関係者の車だと教えてくれました。周辺道路は狭く、当然、渋滞です。車ではなくチャリで取材はできないのだろうか。せめてミニバイクにするとか。全部でなくても。

留学雑誌など読んでいると、「留学」と「夢」が手をつないでくることが多いです。とても仲の良い、言葉です。しかし個人的には「留学」は、現在の日本では、もう「夢」という恋人とはお別れしたほうがいいと思います。留学のあたらしいパートナーとしては、「希望」あるいは「志望」をおすすめします。北欧に留学することを「希望」するなら、現地学校が要求する条件を、留学者の方で整えなくてはなりません。つまり先方の言う事務手続き手順をひとつひとつクリアしてゆき、条件が満たされていれば、北欧留学は別に夢見ることもなく、現実的なものとして立ち現れてくるはずです。

「夢」を見させることが上手だったのが、過日倒産した留学斡旋業者ではなかったのではないでしょうか。経営者は大金を手にして「希望」をまんまとかなえました。その犠牲になったのは、多くの人の「夢」でした。留学を夢見るのは、もうやめましょう。留学をきちんと自分の意志と力で「希望」し行動してください。(写真は、5月。朝の霧にけむるエグモントホイコーレンの庭)

11月19日(水) ハンマースホイの実像。

ギブスをつけて昨日から出勤。今朝の病院まえには、相次いだ殺人事件のためか、TV中継車がとまり、もう少し考えて駐車すればいいものを、路を片方塞ぐ彼等のお陰で、狭い道路は交通渋滞です。駅は地下鉄で5-6個。降りる駅にはエレベーターがありませんから、途中から片方だけの松葉杖をついてあがります。坂を下るときも、時間は普段の4-5倍。でもまあなんとかたどりついてます。足を下にすると痛いので、仕事するときは手術した足を、腰の高さまでくるように台の上に投げ出しています。

デンマーク人画家、ハンマースホイをデンマーク語サイトで調べて読んでみると、16日にNHKの新日曜美術館で紹介された作家の印象とはだいぶ違ってきます。あの番組はかなりバイアスのかかった演出に基づいた作家紹介だったことがわかります。「妻との静かな生活」が強調されていましたが、実際はあちこち旅する人で、欧州を広く旅行しています。絵もそれなりに売れたようです。絵も、少女裸婦を描いたものもあり、今回強調されている室内画ばかりではないようです。NHKの番組を見ていくと「モノトーン色で寂しげな絵を描く画家」という印象になってしまいます。彼の人となりについてもコチラで読めます。

11月16日(日) 出勤をあきらめる。で、テレビ鑑賞、読書。映画鑑賞。

病院内では車椅子生活を経験しています。意外に使いやすく移動もらくです。病院ですから車椅子で入れるトイレも用意されているので不自由はありません。でも街へでてみたらどうなのでしょうねぇ。

事務所まで松葉杖をついて出勤しようと思ったら、雨。看護士の説得もあり、外出はあきらめました。新聞のテレビ欄をみると、NHK教育テレビで、現在、国立西洋美術館の「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」を取り上げていいたのであわててチャンネルをあわせました。ゲストは映画監督の小栗康平さんとハンマースホイ展を企画した、国立西洋美術館の佐藤学芸員。画面が鮮明で、テレビでみても十分楽しめました。ゲストが「動きを止めた絵」であること盛んに指摘していました。確かにどの絵も静寂があふれる絵です。デンマークの典型的な間取りが絵になったようです。この画家は妻と終生二人暮らしを続けていたようなのですが、なにか周囲との交流を遮断してかのような雰囲気があります。気になったのは、どの絵も女性が部屋を一歩でていないということ。確かに静謐感のある絵ではありますが、悲しみと寂しさにもあふれています。それが作家の精神性から来ていることは間違いないと思いますが、機会があったらその生涯について読んでみたいものです。

11時になると、テレビ朝日のサンデープロジェクトが、フィンランド、デンマークを経済評論家がレポートした映像を流していました。フィンランドは、首相までインタビューに応じていました。フィンランドでは、高い国際競争力の本質を探り、デンマークでは高福祉と高い経済成長率を維持できる理由をさぐっていました。そして得た結論はやはり「教育」。この場合の教育とは学力や愛国教育といった言葉に関連づけられたものではなく、労働市場にいかに優れた人材を送り出すかの「教育」です。その教育の成功の背景にはあきらかきに「学費無料」があります。リポーターの経済評論家は取材の感想を求められて一言、「うらやましい」と言っていました。私も9月にデンマークの福祉現場を10月にフィンランドの教育現場をみて、同じ言葉が口をついて出たものです。

午後、大沢在昌さんの「にっぽん泥棒」を読了。ネット上にある「ヒミコ」と呼ばれる未来予知ソフトをめぐって、それを奪おうとするアメリカと日本双方の諜報機関やアメリカ企業が絡むというお話。『新宿鮫』シリーズでファンになってよんだのですが、作品中、やたら日本についての生真面目な議論が多くて、サスペンス巨編と帯に書かれているには緊張感がありませんでした。星3つ、というところでしょうか。

夜、『犯人に告ぐ』という、メル・ギブソン主演の誘拐映画を換骨奪胎したような映画をみました。それなりに面白かったのですが、とても気になる点がありました。物語の始まりで、主人公の心臓病を抱える妻が生死の境をさまよいながら出産に望みます。妹と思しき女性が誘拐犯張り込み中の主人公の形態をしつこくならし、「生きるか死ぬかのときに見舞いにも来ないのか」となじるのですが、どうも病院側に切迫感がない。犯人を取り逃がした主人公は、妻の下へ駆けつけます。妻について医師は「強心剤で辛うじて保ってる」と主人公に報告します。場面変わって6年後、病弱なはずの妻はまるまる太り、プカプカとタバコまでふかすといった具合で、「おいおい心臓病じゃなかったの?」と思わず、画面に話しかけてしまいました。妻の出産は物語を運ぶ上で重要な伏線になっているのですが、どうもリアリティにかける「出産」でした。

11月14日(金) 放送大学を受講。

先週月曜日、外反母趾矯正の手術を受けました。かんたんな手術だろう考えていたら、さにあらず、傷口をみてその大きさにビックリです。これは重傷です。確かに足先まっすぐにはなりましたが。外反母趾は侮れませんよぉ。足先は大量の包帯が巻かれて、フランケンシュタイン状態です。外反母趾。その気のある人はご注意を!

私の場合ひどくなったのは、ミニバイクのミスキックがきっかけです。右足中指が脱臼し、その下に親指がめりこんできたのです。今回手術を受けるまで、ほほ4年が経過しています。事故以来、5-6人に整形外科医に診て貰ったのですが、どの医師もこちらの訴えには耳を貸してくれませんでした。形がだいぶおかしくなって受診した医大病院の医師には、「歩けるんでしょう?」と聞かれて絶句。歩けるけど相当辛いと訴えたにもかかわらず、そう言われては、二の句がつげませんでした。どうして何名もの医師に訴えを無視されたのかいまだにわかりません。

手術は全身麻酔で、3時間半。この全身麻酔の後遺症が2-3日残り、頭がフラフラ。

病院は4月に新築されたばかり。たいへん綺麗です。しかし素人目にも人手不足がわかります。今日も大阪の病院の閉鎖危機が伝えられていますが、経済的に恵まれた社会で、妊婦や高齢者がたらい回しにされるというのは、なんかへんだなぁと思います。

入院先のテレビでは衛生放送は見られません。しかし、なぜか昼間、放送大学が見られます。昨日はたまたま「スウェーデンの保育政策」の講義(大阪大学の高橋美恵子准教授)で1時間たっぷりベッドの上で授業受けてしまいました。たいへん勉強になりました。

11月9日(日) スオミの秋5

フィンランドの学校見学は刺激的なものでした。民主的な雰囲気が漂います。そして日本よりは子どもが大事にされていると感じました。

視察の最後に、ヘルシンキ教育局長に話しを聞きましたが、なんと27歳という若さです。でも聞けばキャリアは十分。日本では考えられないことです。この若者に教育の舵取りを委任するフィンランド社会の柔軟性はどこからくるのでしょう。写真、左から国会議事堂全景、議事堂内を案内してくれた男性、議会場、若干27歳のヘルシンキ教育局委員長。政治に関わる彼の教育に対するスピーチは、現場の教師とは違った現実的な問題を話してくれて非常に興味深かった。

昨日から外反母趾矯正手術を受けるために入院しています。手術自体は難しいものではないようですが、普通に歩けるようになるまでは時間がかかるようです。入院したのは都内の病院で、新築して移転して日も浅く設備が実に快適。医療全体も医療制度は劣化しつつあるように思えますが、ハードは技術の粋が集約させれています。ここ10年、病気のデパートよろしくしょっちゅう入院してますが、診療システムや診療設備が年ごとに洗練されてきています。でも医療制度は洗練されていゆかないですね。

11月5日(水) スオミの秋4

某有名大学の学生が大麻を吸って逮捕されました。その不始末について学生らが在籍する大学の職員が記者会見して謝罪をしていました。それに対し「成人者が起こした不始末を大学関係者が引きつけて頭を下げるのはおかしいのではないか」、と意見がでているそうです。もっともだと思います。しかし今朝の東京新聞の記事によれば、日本の学生の幼稚化は予想以上のようです。今日も昼ご飯を和食屋さんでたべていると、となりに3人連れの親子。一人は男子大学生の様子。定食が3人に配られると大学生の母親とおぼしき人が、店員を呼び止め、大学生にだされた膳をさして、「これどうやって食べるのですか?」と聞いていました。優しいお母さんということもできるのですが、そこまで先回りしなくても、と思います。

トラムカー:ヘルシンキはトラムカーの町ですね。何回かのりましたが、非常に快適であります。2ユーロで1時間以内なら乗り放題。夜、パブで飲んでいて、窓に目をやると外をトラムカーがゆったりと通ってゆくのが見えました。映画の一場面を見ているような、実にしびれる風景でした

選挙:私たちがヘルシンキについたのは地方選挙の1週間前。朝晩には中心部の至る所に候補者たちがたち、はがき大のビラを渡していました。政党は街頭に木造の選挙事務所つくって運動を展開します。なにかお祭りでもするかのような選挙風景です。3日目に中央駅に行った朝、市会議員を目指す大柄の女性が、友人らとビラをくばっていました。翌日の夕方、中央駅を通りかかったときも彼女の姿を見つけたのですが、彼女に後ろには乳母車がありました。彼女の5ヶ月の子供が乳母車の中で眠っていました。写真は左から朝のトラムカー。通勤客を乗せてつぎからつぎへとやってきます。3番目は地下鉄エスカレーター横に張られていた市会議員候補者達。最後は町中に据えたスウェーデン国民党の選挙事務所。

11月4日(火) スオミの秋3

8回目のアンデルセン童話落語会、昨夜おわりました。今回はお客さんの運びがよくありませんでした。でも会自体は楽しかったのですが。今回は、告知活動が手薄になりました。プロデューサーとして反省しております。でも今回は、トリプレッツのお兄さんが来てくれて、毘沙門天前で呼び込みしてくれたんですね。4人もゲット。嬉しかったですねぇ。

中央駅:到着2日目の朝早く、鉄道回数券を買うためにヘルシンキ中央駅へ行きました。周囲の風景は地下鉄ができるなどかわっていますが、中央駅自体の外観は35年前と変わっていないように思えました。朝を急ぐ大勢の人並みをよけながら、駅構内を抜けてホームへ行くと、35年前と同じ空間が目にとびこんできました。思えば、友人と2人、北欧への関わりはこの駅から始まったのでした。とくにノスタルジーに浸りにいったわけではないのですが、時の流れを実感しました。とくにノスタルジーに浸りにいったわけではないのですが、時の流れを実感しました。道路工事:街はいたるところで道路工事。経済が好調だから?町全体はコペンハーゲンなどと比べると、きれいで整った感じがありませんでした。

ホテル:泊まったのはSOKOS HELSINKI。私にはとても快適なホテルに思えました。でも私に部屋は8階の奥でインターネットが繋がらないにはやや困りました。部屋の内装もフィンランドらしくシンプルな調度品で整えられていて気持ちがいいです。針と糸のセットや靴磨き用のウエットペーパーも用意されていました。レセプションの応対も過不足がありません。ホテル付きのレストランやパブも悪くありませんでした。また町の中心にあって旅行者には非常に便利だと思います。写真は、ホテルの調度品。左から。最初の写真はカーテンではありません。部屋の飾り。部屋に入ると最初に目に入り、気持ちを明るくさせてくれます。2番目は、ベッドサイドのライト。ベッドの下方は重い革のカバーで、上掛けがずれないようになっています。寝相の悪い私でも、起きたあとベッドが乱れません。椅子は、本当に座りやすかった。5番目の写真はスイッチ。大振りで、暗闇のなかで手探りしても見つけやすく、非常に使い勝手がいいのです。

11月2日(日) スオミの秋2

フィンランドから帰国してからはや1週間。ツアー参加者へお手紙を書きました。

フィンエアー:機体にムーミンが描かれていて、ムーミンは文字とおりにフィンランドのナショナルシンボルになったのだなぁ実感。

機内サービス:座席ポケットにエビアン1本。それからアイマスクと歯ブラシセット。今時気がきいています。ブルーのアイマスクをしてねると夢にムーミンがでてくるように考案されているらしい。ただし映画は好みの作品がなく、機内であまり眠ることのできないので映画を3本くらい見て時間をつぶす体質の者としてはやや不満。

機内食:ビーフとチキンが選べました。私は機内食をたべるとトレーの上が食い散らかし状態になるのですが、となりのイケメン外国人青年はまるで食べる前のようなトレーに片付けているのを見て反省。やればきれいに食べられる。ポイントはあるもの全部きれいに食べることでした。

ヘルシンキ空港:登場出口に「ヘルシンキ」と日本語で書かれていたのには少しビックリ。日本人がたくさんきているのですね。到着階が意外にローカルな感じがしました。ピクニックというカフェで腹ごしらえ。店員たちがお客さんが大部ならんでも仕事のペースを速めないのにも驚きました。ところで”ピクニック”は市内でもバスや自動車にのっているといくつもありました。市内に広がるコーヒーショップのようです。ああ、そういえば、市内はマクドナルドがやたら目につきましたね。
写真は左から、ヘルシンキ空港バスターミナルにちょこなんとあった石像、空港内のモビール、中央駅入り口全景、通勤電車。

11月1日 スオミの秋

 フィンランドは黄色に染まっていました。ひんやりとしたフィンランドの秋です。フィンランドに行ってきました。教育視察ツアーのコーディネーターとして、同行しました。10年ほど前、トランジットで2時間ほどヘルシンキ市内をうろついたことをのぞけば、個人的には35年ぶりのフィンランドです。35年前は旧ソビエト連邦から汽車にのってヘルシンキ駅に着きました。3月でまだ寒く市内には至るところに根雪がのこり、非常に足下がおぼつかなかったことを覚えています。その時フィンランドの知識はなにもありませんでした。もちろんムーミンもNOKIAもありませんでした。  到着2日目の朝早く、鉄道回数券を買うためにヘルシンキ中央駅へ行きました。周囲の風景は地下鉄ができるなどかわっていますが、中央駅自体の外観は変わっていないように思えました。朝を急ぐ大勢の人並みをよけながら、駅構内を抜けてホームへ行くと、35年前と同じ空間が目にとびこんできました。思えば、友人と2人、北欧への関わりはこの駅から始まったのでした。とくにノスタルジーに浸りにいったわけではないのですが、時の流れを実感しました。とくにノスタルジーに浸りにいったわけではないのですが、時の流れを実感しました。今回のフィンランドの旅で気がついたことを列挙しておこうと思います。写真は左から、ヘルシンキ空港、中央駅、ホテルのシンプルなライト、地下鉄です。

10月4日(土)田舎町こそ魅力があるデンマーク

今回訪ねたのは、フューン島の南にある小さなSvenborgという街。デンマークに限らず、北欧の小都市(あるいは田舎町)、その国のよさがよくでています。Svenborgは小さな港町。今回時間があって、Taasingeにわたり教会の島からSvenborgを見渡したのですが、晴天に恵まれたことありますが実に美しい風景でした。車で橋をわたるとき、自転車をこぐ人たちすれ違いました。風を横切って橋を進んでいく自転車乗りのなんと絵になること。これぞ、デンマークという風景でした。

10月4日(土)Svenborgで福祉視察。

9月21日〜9月27日まで、福祉視察ツアーの同行でデンマークへいってきました。私(山中典夫)がコーディネートしたもので、参加者の皆さんに満足していただけるか、心配でしたが、現地観光局の協力もあって、比較的充実した内容になりました。15年前にお手伝いで同行してデンマークの福祉に接したのですが、マイナーチェンジを繰り返しながら、なんとか福祉の質を維持しようと努力しているようです。しかしデンマークでも、福祉現場のマンパワー不足は深刻で、私がついて回ったホームヘルパーはポーランド人でした。一人はデンマークに来て、2年、一人はわずか3カ月です。彼らに、働く場が与えられるのはデンマークとポーランドの長年の関係、そして二人がデンマーク人と結婚してことが背景にあると思います。デンマーク語も、二人は良くできました。超高齢化社会にいち早く突入した日本の福祉現場も、外国人に担われていくことになるでしょう。私たち日本人は、彼らを同じ社会生きる人間としてきちんと受け入れていくことができるでしょうか。

9月15日(祝・月)「フィンランド語集中講座」終了

13日、14日は大阪で荻島崇先生による「フィンランド語集中講座」です。今回の参加者は、新しい女性が一人加わって5人でした。今回で一通り、テキストが終了しました。一昨年の暑い8月の最中に開講したのが第1回目でした。今年で7回目と思ったのですが、数えなおしたら実際は9回目のようで、もう100時間近くの授業をしています。
次回の講座からは、ネィティヴとの会話と購読を増やすことになりそうです。時間は09年2月の開講を予定しています。すでに学習経験があり、まだまだフィンランド語を忘れたくない、学び続けたいという方は次回から是非ご参加ください。

2日目は、11時からの開講でしたの、9回目にして初めて思いついて大阪城へ、荻島先生に二人の生徒さんとタクシーに乗り合いで行きました。タクシーはホテルから7−8分で、大阪城の大手門前に到着。降りると、天守閣近くが終点の公園内バスがでていたので、4人でそれに乗り込みました。となりは台湾から来た若いカップル。昨日まで東京を観光してきたといってました。東京・大阪・京都、9日間ツアーらしい。のんびり観光したかったのでですが、開講時間が迫り、天守閣へ駆け上がるようににして登り、四方を見渡して下城。あらためて思いましたが、大阪は緑が少ないです。大阪城は中学生の時に来た記憶がありますが、頭にのこっているものはゼロ。今度はゆっくり見ようと思います。台湾人、ロシア人の観光客が目につきましたねぇ。

9月12日(金)Lenoboが熱くなった

最近購入したB5ノートのLenoboを、電車で開けてスタンバイにして鞄に詰めて、家であけると、なんだかずいぶん熱くなっていました。最近、ノートPCの発火のニュースをよく耳にするので、怖くなりました。最近ではソニー。あれ、報告されてから1年も経ってから回収し始めるというのは、どういう意図があるんでしょうねぇ。

9月12日(金) 明日は早いのですが....

明日から大阪で開催しているフィンランド語集中講座の第7回目。明日は、東京発8時台の新幹線に乗らなければなりません。都心から遠方に住まっているの早起きしなくてはなりません。でも、ソラミミを見てからでないと金曜の夜は眠れません。

9月10日(水) 恋の強烈シュートをクリア!

サッカーのスター選手、ロナウジーニョが北京五輪でプロポーズし、相手のスウェーデン人女性に、即座に断られたというニュースが流れ、話題になっています。10億円プレーヤーをあっさりと振ったのは、スウェーデンの女子サッカー代表の Johanna Almgren。なんでも、ロナージーニョから同宿していたホテルでサインをもらったあと、呼び出され、結婚を申し込まれたのですが、即座に「Nej」と返答したようです。この経緯を振り返りつつ9月9日付けの東京新聞夕刊でサッカージャーナリスト大住良之さんが、非常におもしろいコラムを書いています。 速攻のプロポーズについては「彼のサッカーをみるようで爽快」といい、なんだか暗に日本サッカーの決定力の無さに皮肉を言っているような気もします。また結びでは、選手村にはいるような五輪選手を選ぶべき、と言って期待はずれだった野球の日本代表のスポーツマンとしての姿勢に注文もつけています。それにしても、「10億円」を振ってしまうとは。考えさせてください、などと曖昧なことをいわずに、見事に、強烈なラヴシュートを冷静に一発でクリアしたJohanna Almgrenも、これまた痛快。速攻シュートのロナウジーニョにも、Johannaの一発クリアにも拍手。損得勘定抜きの、若さあふれる恋にも拍手。

9月10日(水) スウェデッシュ インベンション

スウェーデン発のファッションインベイション、H&Mの開店が9月13日に迫り、インターネットでもH&M広告が流れ始めました。上海や香港などですでにH&Mは出店してるのですが、アジアでも突出した経済大国である日本でに出店が遅れたのは、やはり日本の消費者 はとりわけ難しい嗜好をもっているからしく、かなり慎重な市場調査をしたようです。あのIKEAも1970年代、日本進出に一度は失敗しています。銀座(原宿と聞いていたのですが)に第1号店をH&Mは出店するというのは、かなり気合いのはいった戦略です。H&Mは低価格で洗練されたファッションが売り。ネット販売は盛んですから、もう日本女性たちにも一定の支持を受けているのでしょう。ファッション音痴を自覚しながらいうのですが、個人的には、ユニクロとピーチジョンを合わせたようなもの、にみえます。北欧で過ごしたある女性は、H&Mなら買うけれど、いくら安くてもユニクロは買わない、という言い方でH&M支持に回っていました。

9月1日(月)本の紹介『ハーゲドン−情熱の生涯 理想のインスリンをもとめて』

9月1日(月)本の紹介『ハーゲドン−情熱の生涯 理想のインスリンをもとめて』 糖尿病治療薬、インスリンの開発に生涯の大半をかけたデンマーク人医師、ハンス・クリスチャン・ハーゲドン。20世紀初頭、当時としては地味な分野の糖尿病に着目、カナダで発見されたインスリンを、多くの英知と交流しながら、ハーゲドン医師は開発していきます。デンマークを代表する製薬会社ノボ・ノルディスクがインスリンにおいて世界一のシェアをもつようになった立役者でもあります。ハーゲドンの祖父の記述から始まり、ハーゲドンが登場して、インスリン開発一色の人生おくり、その生涯を閉じるまで、一気に読めます。冒険小説を読んでいるような感じもあります。

8月31日 本の紹介『フィンランドを知るための44章』(百瀬宏・石野裕子編著)

本書の編者の一人である百瀬宏氏は、後書きで、「日本人の手によって書かれたフィンランド関係の概説的な文献で的確な情報を伝えている例は、まだまだ僅少である」と記していますが、この指摘は正しい。フィンランドブームにのって、あまた本が刊行されていますが、まさに玉石混淆。しかし本書は、間違いなく「玉」です。落語で言えば正真正銘の真打ち登場です。タイトル通り44章からなり、執筆者は30名。これだけのフィンランドについて正確な知識をもった人を集められるのはやはり編者である百瀬宏の力に他なりません。どこから読んでもよい本とは思いますが、まず百瀬氏の総説から読むことをおすすめします。各章の意義と執筆者を丁寧紹介し、1章、1章が執筆者がそれぞれ魂を込めて書いた成果であること、読者のフィンランド理解のために監修者が本の構成に心を砕いたことなど、がわかります。本書を読めばフィンランドの多くがわかるというものでは、もちろん、ありません。しかし執筆者らのフィンランドへの愛情にあてられて、この本を読んだあなたは、フィンランドのすべてが知りたくなるはずです。本書を読んで知りましたが、最近のフィンランド人は「フィンランド人に生まれて良かった。フィンランドに生まれるなんて宝くじに当たったようなものだ」という言葉を良く口にするのだそうです。これってすごくないですか?

8月31日(日) イプセン劇「わたしたち死んだ者が目覚めたら」が上演(9/23)されます。

8月も今日で終わり、いよいよ芸術の秋が近づいて参りました。その芸術の秋にふさわしいプログラムのご紹介。
演劇・舞踏分野を対象としたプロデュースを行う名取事務所が、イプセン劇「わたしたち死んだ者が目覚めたら」を9月23日に上演します。同作品はヘンリク・イプセン最後の作品。また上演は能形式で行われます。詳細はコチラで。

8月30日(土) 本の紹介「写真と童話でおとずれる−インスリンのふるさとデンマーク」

糖尿病の専門医がデンマークを訪れた際の記録と糖尿病を題材にした童話を書いて、1冊にまとめた本。糖尿病の治療訳「インスリン」はデンマークで発見されました。インスリンはデンマーク人の人口より多いと言われる豚の膵臓のランゲルハンス島から抽出されました。その発見までの経緯と糖尿病のついての知識が童話仕立てで説明されています。ちょっと難しいけど。人口は少ないけど北欧は、日本より人口比では糖尿病患者が多いのです。また食事も影響してむしろ増えてもいます。深刻な国民病なのです。インスリンの製造と供給をしているのがデンマークの大企業ノボ・ノルディスクファーマなのです。ある疾病を等してデンマークを語る、珍しい本です。(槇野博史著)

8月28日(木) おすすめ!週間アスキーの北欧関連記事

昨日の朝日新聞朝刊で、「北欧に学べ」という特集が2ページにわたって掲載されていました。朝日は、5月はじめにも、これまで考えられなかったつっこみで、北欧特集をやっていました。大新聞が、4カ月で2回の大特集。今回も前回に負けず劣らずの内容で、デンマーク前首相のポール・ニューロップ・ラスムセン氏まで引っ張り出してきたのには、正直驚きです。しかし大新聞がにわかに北欧社会を持ち上げ始めたところに、なんとなく違和感を感じます。そしてよく見れば、記事の端には消費税10%を提案した与党よりの学者のコメントがあります。こうなると、「北欧を引き合いにだして日本社会の云々するのは、消費税を上げるための世論作りではないか」と疑ってしまうのです。素直じゃないですね。増税も必要ならばしかたのないことだとは思うのですが、記事に指摘されているような「北欧の社会の透明性」や「北欧社会の連帯感」が、あまり存在しない日本社会でにわかに北欧の社会施策を真似しても、どうかな、と思うのです。

PC雑誌「週間アスキー」に記事を寄せている歌田明弘氏が、フィンランド経済研究所の「北欧モデル」と題したレポートの内容を紹介しながら、『高福祉社会が競争力を生む−北欧社会の「逆転の発想」』というタイトルで、北欧社会のあり方をわかりやすく2週にわたって掲載しています。「逆転の発想」というのは、もちろん日本社会の常識から考えれば「逆転」ということであって、北欧社会では逆転でもなんでもないのですが。もし興味があって読むのであったら、朝日新聞の提灯記事よりは、歌田氏の文章の方をどちらかというとおすすめします。記事は歌田氏のBlogでも読めます。

8月26日(火) サザンオールスターズの思い出−気分一つで世界は変わるんだぜ!。

(今日は北欧ネタではなく、しかも長い)

サザンオールスターズの30周年ライブが、新聞メディアで好意的に取り上げられています。私も大ファンなのですが、しかし、残念なことにライブに一度もいったことがないのです。日産スタジアムに行けた人がうらやましいので、少しでも仲間に入りたい気持ちでサザンのことを書きます。

デビュー当時は、「こりゃ大変なやつがでてきたぞ」と思いましたが、サザンの活躍は僕の予想を遙かに超えているし、予想以上に楽しいバンドでした。すぐに好きになれたのは、彼らの曲調になんとなく、ビートルズの香りをかいでいたからだと思います。

桑田さんの作った初期の曲にいちばん感じるのはポップミュージックや日本の歌謡曲(GS含む)、あるゆるジャンルの音楽への心からの敬愛。たとえば@「愛しのフィート」は、リトルフィートへの、Aチャコの海岸物語は昭和30年代あたりからの歌謡曲とGSへの、B「私はピアノ」の途中で入れたコミカルな合いの手はクレージーキャッツへの、オマージュ曲。そういう遊び心で別の意味で音楽を楽しませてくれるところに、すごく感謝しています。 とりわけAでは戦後歌謡サウンドを1曲の歌でたどってしまっているわけで、初めて聞いた時は本当に驚きました。

でも私が聞いたサザンのライブで一番好きなのは、渋谷のライブハウスのものです。いつだったかも忘れています。たしかサザンとしても活動を停止し、桑田バンドを率いていたときだったと思います。たまたまラジオを聞いていたら、流れてきていて、ビートルズのanytime at allやマーティ・バリンのheartsなど、外国ポップスを次々とカヴァーして歌っていたのです。リアルタイムでした。上手かった!楽しかった!「ああ、桑田は、こういうカッコイイ曲を作って歌いたんだな」と思ったものでした。一方あるときTVライブで、ザ・バンドの解散コンサートでうたわれた名曲、I Shall Be Releasedをたいへん上手く歌ったのですが、オーディエンスが若すぎてサッパリ受けず、ガッガリしていた桑田さんも覚えています。

ずっと以前、桑田さんがプレイボーイという雑誌に書いていたエッセイのなかで、外国ポップスが次々ながれるFENを車の中で聞きながら、「ここで自分の曲が流れてきたら最高だなぁ」という意味のことを夢見るように書いていました。そうだよなぁ、ほんとうにそうだったらカッコイイよなぁ。俺もそう思うよ。と頷きながら読みました。

サザンというか桑田さんの原点はビートルズ以降の外国ポップスにあると思っています。だからジョン・レノンが死んだとき雑誌に「今ジョン、勝手に死んじまって」という印象的な追悼文を書いていました。またポール・マッカートニーについて書いたときは「なにかいつも春めいている曲を書く」と斬新な表現で評していました。ザザンが外国でデビューしないかなぁ、といつも思っていましたが、もう30年も経ってしまいました。

バンドとしてのサザンも好きですが、桑田、原坊夫妻も好きです。横浜球場にマイケル・ジャクソンをみにいったら、早見優さんと原由子さんが少し前に座っているのを見つけました。原さんは育児で活動を休んでいたと思います。早見さんは途中でかえってしまったのですが、原由子さんは最後まで連れの女性と聞いていました。少し寒かったのか白いコートを着た原さんはTVでみたまままの笑顔。6−7M先にいた原さんに向かって、「原坊!大好き!」とかなんとか声をかけたら、なんと原さんは私の方をみて腰を折って丁寧に「ありがとうございます」(声が聞こえたわけではありません)と、頭を下げたのです。いや、これには、感激。ますますサザンが好きになりました。

8月25日(月) スウェーデン散々。

新大阪から新幹線にとびのったのが、11時37分。しかし前日の小田原ー熱海間の大雨でダイヤが乱れていて、品川に着いたのは3時過ぎ。名古屋で1時間近く立ち往生。暇なので、新聞で北京五輪の競技結果をみていました。ハンドボールの女子は、ノルウェーチームが優勝しました。北欧勢4連覇!。男子の優勝はフランス、準優勝がアイスランドでした。今回はスウェーデンがやや低調でしたねぇ。それからテコンドーの判定をめぐって、キューバの選手から顔面蹴りを食らった審判はスウェーデン人だとか。踏んだり蹴ったりですね。

8月24日(日) 第2回、アンデルセン童話落語会@繁昌亭

第2回、アンデルセン童話落語会@繁昌亭。人が集まるか心配しましたが、落語家さんの知名度と新聞記事、そして関西の人たちのお笑いへの理解もあってか。136人もの人が来てくれました。ありがたいことです。前回失敗した舞台の画像表示もうまくいき、私としては大満足です。繁昌亭はNHKドラマの「ちりとてちん」の影響もあって、だいぶ知名度も上がって、お客さんも増えたようです。本当に雰囲気のよい空間で、何度も書きますが、繁昌亭に関わる人は、みんな気持ちよく動いてくれるので本当に幸せな気分になるのです。来年の開催も決まりました。ありがたいことです。写真は左から、出演者の張り出し、繁昌亭前、たなびくアンデルセン童話落語会の幟、開場を待つお客さまたち。最後に団四郎師匠が披露した小咄。天国の小咄。「あのよぅ...」

8月23日(土) 北欧留学セミナー@大阪

今日はなんばパークス産経学園の北欧留学セミナー。7人の人が集まりました。ワーホリ希望者3人。他の方はフォルケホイスコーレやその他の施設の情報を求めてきました。今回はスウェーデンに留学して帰国3ヶ月の黒崎さんにも参加していただいて、お話をしてもらいました。2時間の予定が20分ほどオーヴァーでした。

留学セミナーを終えてから自由軒というなんばアーケードの食堂で、「名物カレー」と串カツを食べました。名物カレーは、カレーにご飯をまぶすように混ぜたものの上に生卵が乗せられて出てきました。それにソースをかけて、混ぜて食べるのです。なかなか不思議な食感。辛さもほどよい。夫婦善哉という小説を書いた織田作之助が好物だったそうで、店を入った正面に「織田作之助」の写真が飾られていました。お店はご飯時で満員。レトロな雰囲気を残すなかなかおすすめのレストランです。

8月22日(金):フィンランドの教育の良さ、とはなにか?

昨夜、自由ヶ丘で開催したフィンランド教育セミナーでの佐藤学先生(東京大学教授)のお話は、たいへん興味深くかつスリリングなものでした。競争原理を持ち込みながら、平等の教育をしているのがフィンランドの教育の良さであるいい、「落ちこぼれがほんとうにいなんですよ」と強調されていました。日本の教育への価値観からは考えられない、お話が次から次へとでてきました。また研究者の立場から、メディアのPISSAランキングの報道が非常に表層的であると、強く批判もされていました。学校現場を歩き続けてきた上での意見ですから、とにかく説得力がありました。では、今後日本の教育を良くしていくのはどうしたら良いのか。それはまずもって。国民が教育について共通のコンセンサスをもつことが必要だと、言いました。フィンランドがあそこまで教育改革ができのは、なのよりも、国民の教育改革へのコンセンサスが背景にあったからなのだそうです。また機会があればお話を聞いてみたいと思います。

8月21日(木):思いがけないこと。

スカイプ専用のコードレス電話機(USBフォン)、ネクスフォンを導入しましたが、思いがけないことがありました。この電話機をUSBにつなげると、スカイプで話す分にはまった問題がないのですが、プッシュ信号が送れないので電話での銀行残高照会ができなことがわかりました。販売元に確認しましたが、プッシュ信号はおくれません、といわれてしまいました。何が困るかというと、たとえば電話の問い合わせが番号選択方式なっているときです。ヘッドセットでスカイプしているときは、キーボートのテンキーを使用して、信号がおくれるので、銀行残高確認やPCやソフトのサポートを受けるときに大変便利。スカイプアウトを使っているから料金を気にせずに、サポートを受けることができるのです。しかしネクスフォンはどうも、私がもっているものも、新しいものもプッシュ信号は送れないのです。パイオイニア出している、スカイプコードレスは大丈夫のようですが。

8月20日 明日8月21日、フィンランド教育セミナーです。

明日はバンザイインターナショナルと共同で、フィンランド教育セミナーを自由が丘で開催します。お時間がありましたら是非おいでください。→ご案内
佐藤学先生は、日本の教師には絶大な信頼のある方で、ご多忙のなか、講演を引き受けてくださいました。

8月20日 北欧勢のメダル獲得数

ながーい開会式だけで終わってしまうんじゃないかと心配した北京五輪も、後半に入りました。新聞にこれまでの各国のメダル獲得数がでていましたの、北欧勢をみてみました。獲得数では現在のところ、デンマーク6個(金2.銀1、銅3)、ノルウェー5個(金1、銀2、銅2)、スウェーデン3個(金0、銀3、銅0)、フィンランド3個(金1、銀1、銅1)となっています。しかしなんの競技で獲得したのかがわかりません。デンマークは、ボート競技や自転車、スウェーデンはテニス、レスリング(女子レスの吉田選手に決勝で敗れたのはスウェーデンのネレル選手)、ノルウェー、フィンランドは水泳競技で獲得していたような気がするのですが、とくかにTVに写らないので詳細はわかりません。明日はハンドボール女子準決勝でノルウェーが韓国と対戦します。五輪3連覇していたデンマークが出場を逃していますが、ノルウェーが優勝すれば北欧勢4連覇となります。男子ハンドはデンマークが参戦します。こちらも期待できます。女子サッカーで、ノルウェー、スウェーデンが予選敗退したのは少し意外でした。日本人選手ともども応援してゆきたいと思います。

8月19日 ノルウェー代表が負けた理由?

ノルウェーに2年間留学していた東京大学の博士課程に在籍しているAさんが、依頼している翻訳のチェックがてら訪ねてくれました。ノルウェーの物価高はやはりたいへんなものらしく、2年間で外食したのが5回しかなかったそうです。寮生活は冷蔵庫などが共有なのがやっかいだった、といいます。Aさんのお話では、男子学生は概ねお行儀がよく、むしろ女性の方の素行に疑問を覚えることが多かった、といいます。強い女性たちの一面でしょうか?とういうと、先日なでしこに負けたノルウェー代表は、前日気を抜いてバカ騒ぎでもしていたのかも知れません。Aさんのお話で面白かったのは「ノルウェー人がまともにノルウェー料理を作ったのをみたことがない」というコメント。本とかも。もちろん学生たちを見てのことだと思いますが。

8月18日 スカイプフォンをワイヤレスに。

スカイプを愛用しています。これでだいぶ通信費を節約することができています。お盆の休み中、近くのPCショップでスカイプ専用の
ワイヤレスフォンが通常の半額で売られていたので購入しました。スカイプコールされた時、ヘッドセットをつけるのが面倒なので、このワイヤレスタイプのこの製品を探していたのです。販売している会社をみると、すでに1世代前のもので、販売が終了していたのであきらめかけていました。ヴァージョンアップしたものがすでに発売されていました。でも旧型でも十分。相変わらす設定はカンタンでした。 スカイプを使った語学レッスンができないものかと考えています。どういうタイミングで活用するのがいいのか?値段は?講師の確保は?などなど、ユーザーを満足させるシステム考えたいです。でも実は5年前に、一度、宣伝はしたのです。しかしスカイプそのものが普及していなくて、1年募集して申し込みが1件もありませんでした。

8月18日 スウェーデンのビザ取得

今夏からスウェーデンのフォルケヘーグスコーラに留学するMさんが、ビザがおりないと相談してきたのは、先週の水曜日。ステラン先生にお願いして、スウェーデン移民局へ電話して、「できれば処理を急ぐように」とお願いしました。すると今日、スウェーデン大使館がらビザ取得の知らせがあったとMさんがうれしそうに電話してきました。 出発2週間前になっても知らせがないときは、移民局に直接問い合わせみることをおすすめします。できればスウェーデン人にお願いするのがいいと思います。

8月17日:スウェーデン大使館の展示会

8月7日〜21日までスウェーデン大使館開かれている「TSUTSUMU」展へ一昨日行ってきました。スウェーデンエーランド島にある美術工芸学校カペラゴーデンと東京造形大学の学生のコラボ展示です。金曜の午後でしかもお盆。人もまばらでしたが楽しめましたよ。木彫りの犬が印象的でした。

8月17日:メールマガジン「北欧留学情報」第68号を発行しました。

黒崎麻矢さんのスウェーデン留学記第4回を掲載しています。コチラでどうぞ。

8月16日:イーリャ先生の意外な職歴

2カ月前から英会話の授業を担当をしていただいているイーリャ先生は東欧人。非常に落ち着いた先生ですが、活動は活発。先日はフジテレビの「サキヨミ」にレーザーレーサーの開発者役で再現ビデオに出演していました。先日、雑談していたら「私は2年間ジュビロ磐田で通訳として働いていました。私自身はサッカーにあまり興味はないのですが、ああいうイベントの中にいるのは楽しいことでした」と話してくれました。あのオシム監督の通訳を担当したこともあるそうです。やはり、結構通訳がむずかしい監督だった、と印象を話してくれました。

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